NO.013 ある政治家と

Apr 07, 2010

20090908

 

少し遅くなりましたが,選挙ありましたね。
僕は週末出てる事が多く,選挙に行く事が難しい事が多いのですが、
今回のは2週間くらい前に行ってきました。

結果はご存知の通り、自民党惨敗という当然の結果が出ましたが、
民主党に期待をかけるのは、、

 

ちなみに福岡の親友のひとりと去年福岡筑豊にある英彦山という
有名な霊山に,その友人の子供の安産祈願も兼ね登ってきましたが、
彼の地元でもあったので、そのエリア(悪名高い)田川の観光も
したのです。

そこは前総理麻生の地元であり、彼の一族の息がかかった学校、
商店など、さながら麻生帝国という様相でした。

吉田総理の孫であり、その一帯を一時期は炭坑のメッカとして
牛耳っていた会社の(ドラ)息子という彼の生い立ちは,
結果として趣味がライフルとマンガという大分凄い人格を形成した
ようですが、その家は警官に護衛された物々しいほどに大きい家でした。

 

ちなみにそこの田川というのは五木寛之の青春の門という本の舞台にもなっているところで、過酷な労働を強いられ,時にはダイナマイトで死者が多発するような危険、過酷、貧困という現代の第三世界さながらの状況だったようです。

まさにその労働者たちを使っていたのが,彼の一族という事ですね。

語弊があるかもしれませんが、まさしくブルジョアとプロレタリアとの抗争が,そこにはあったと思います。

その結果その地域では共産党が強くなったらしく、その友人は学校で
君が代は一回も歌わなかったと言っていました。

なんだか矛盾してますが、そこ田川の市長室だか町長室では歴代の4−5人の市長だか町長が,その部屋で(ヤクザに)射殺されたりしたらしく!
何処の国の話ですか?という凄まじいところのようです。

ここで書くのもあまりにもエグい話、例えばジャパユキさん(日本に売られてくるアジア、東欧からの女性達)の凄まじい取り扱い、北朝鮮から流れてくる覚醒剤の取引等、ここ福岡に住んで初めて聞くショッキングな事実を聞くたびに,車の筑豊ナンバーには注意するようになりました。。

何度も言いますが、そこから麻生は出てきたという事です。
ある意味ゲットー出身ですが、勿論言わずもがな、這い上がってきた訳ではありません、むしろ、、、

 

実は去年から我が家に赤旗を届けにきてくれる老人達と話す機会があり、とにかく彼らは赤旗を取ってくれというのですが、
僕は音楽の縁からキューバやベトナムという今となっては少なくなった共産圏の国々に行って、良いものを沢山観てきた手前、単純に赤旗を読ませてもらいましたが、全くもってセンスが良いと思えず、それを(老人に向かって生意気ではありますが)彼らに切々と語ったのです。そうしたらなんと、今度会合があるから是非出席して,うちの議員と話してくれないかと言うのです。

 

そこで後日行った会合は、、、、

60オーバーの老人達7−8名が年金がどうだ、保険がどうだ、、
まったく今後の日本の未来に対して、希望も持てないような
言っては何ですが墓場の前で談合をしてるようにしか観れず、
なんとも悲しくなる光景でした。

 

勿論タダでさえ目立ってしまうこの様相のデカい男がいるもんですから、その議員さんも気になったのでしょう。終わり際あちらから
声をかけてくれて、どのようなお仕事をされてるんですか?という
質問に、音楽をやってまして、と答えると、いきなり

『レイブ系ですか?』

という質問!聞けば彼の友人の中にディジリドゥーなどをやったりするトラベラーがいるらしく、、、

彼自体もロックが好きらしく,忌野清志郎等が好きなまだ45くらいの人でした。

 

また日を改めて、その共産党の老人の人の家でサシで!お話をさせてもらいましたが、彼曰く、ぶっちゃけ自民党も民主党も同じだし、みんな私欲の為に政治をやってるとしか思えない、と言い切っていました。

僕からの提案はもっと地域に根ざした祭りを盛り上げて、老人と子供達、若者などがちゃんと交流出来る場所をもっと政治の方からも意識的に協力するべきではないかと。。、勿論音楽はそこに必要ですし、自分が何をやるとかではなく、いろいろ理想を語ってきました。

その後彼らとはあまり会っていませんが、少なくともなにかを共有出来た感はありました。

おそらく今の自民党で民主党で僕の話を興味もって聞いてくれる人は
少なさそうだなと..

 

僕が投票した内容は言わずもがなでしょう。

これも縁なので。

 

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