NO.026 岐阜から戻り,RAVEについて 2010

Apr 07, 2010

20091215

岐阜から戻りました。

今年に出来たEmeraldaという箱でした。店長は以前岐阜の野外で
も呼んでくれたクルーの一人カメ君でした.
彼は岐阜市内の地元っ子代表として岐阜を盛り上げているのが
素晴らしいと思いました。
Partyとしてもあっという間に終わってしまったのが、印象的でした。

今回岐阜市内でDJをするのは初めてだったのですが、名古屋から30分くらいで市内まで着くので、やはり一番の影響は名古屋からでしょうが、長野との距離も割と近いので文化としては近いものがあります。
とにかく水も空気もきれいでした。
訳あって早く帰らねばならなかったので(Tokijiku結婚式!)長居出来なくて残念でしたが、呼んでくれたジュンヤ君、コウスケ君含めクルーのみなさんありがとう。

彼らから聞くと、ノリP問題以前はなんと岐阜は野外でのRave partyが毎週何処かしらで
少人数で行われていたらしく、実は凄いParty Stateだったらしいです。
全く知らなんざ。。

以前から語ってますが、過疎化、ゴーストタウン化が進む全ての地方都市ではRaveは良い意味で活性化の一材料でもあると思います。犯罪や近隣に迷惑をかけるというのは、よろしく無いですが、燻る(くすぶる)情熱を!野外で解放したい欲求を!皆と繋がりたい本能を!祭り魂を!解放させるのは精神衛生上必要だと思います。(ネットだけで世界を分かった気になってる人が多そうな世の中なんで、、)

何百年も続いている祭も全国各地であるので、それらももちろんキープするべきですが、
Raveという言葉の語源

月に向かって吠える=Raving

という意味然り。
自分の中に眠る野生を時には解放しないと,自分が何者で,何処から来て何処に行くのか,分からなくなるのでは?
大きな声で吠える、皆で裸になり,抱きしめ合う等等、、

たまにGay Partyっぽく、なるのもご愛嬌で、兄弟姉妹が一つになる時間空間はLovelyなものです。しみじみ。。

95年くらいに独りでアメリカ、ヨーロッパを廻り、様々な音楽シーンを見て廻った2ヶ月間があるのですが、最初の居留地サンフランシスコ、ヘイトアシュベリー(ヒッピーの聖地)内にあるNicky’s BBQという箱でやってたCheb I SabbahというDJがやってたWorld Musicというジャンルで毎月やってたPartyに偶然?訪れた時は衝撃でした。

120から30で一杯になる中箱でしたが,普段はReggae,R&BをやってるらしくサウンドシステムはReggaeノリ!音も分厚く、そして彼の選曲もアフリカ、インド、ケルト、ラテン等等本当に世界の民族的なフレーバーが漂う、まさにWorldMusicな雰囲気で、しかもそこにいる人々が本当にWe are The World状態な人種混合感で衝撃、感動でした。韓国系からジャマイカ系、もちろんヨーロッパ系からインド系、様々な顔つきの,衣装の,肌の色の、髪型の人達が様々な民族性のある音楽で皆で踊って,騒いで、時には目をつむり陶酔するような,そんな空間でした。

当時(今でもある意味そういうのもありますが)自分の周りは、海外、特にUKやNYの影響を多分に受け過ぎ、追いかけるのみで、自分のスタイル、自分の国の独自性をその音楽に込める人は圧倒的に少なかったような気がします。
そういう状況に落胆して、憤慨して、その旅を決意したのもあり、初っぱなから嬉しすぎる洗礼でした。

ちなみに94年くらいまでのJungleには、そのような気配(人種の坩堝るつぼ感)があったと思いましたが、やはりその当時のUKでの悪名高き法律

Climinal Justice Act

というモノが出来てから,このシーンがひとつのジャンルにもなり、産業化して、商品化してしまったような気がします。
僕はその当時の詳しい状況は分かりませんが,明らかにリリースされるレコードの自由さが減ったのは感じていました。

音楽の中でくらい自由にさせてほしいですね。
(自由にやってそう!と突っ込まれそうですが、、そうでも無いです、、)

そう、自分の(国の)独自性を見つけ出し、それぞれの民族性を理解し合い、共有し、次のステップに進むこと。
これは今の考えの基軸でもあります。

ただ自分の民族性を主張するだけですと,戦争にしかならないでしょう。

それは一個人同士でも言えますし,団体としての国家にも言えます。

ともかく、そのPartyで観て,感じて,踊ったことは自分が観た理想的なものとして基軸になっています。とにかく美しい光景でした。

その後7年後くらいに同じ場所を訪れましたが,
街の雰囲気も店の雰囲気も状況はかなり変わっていました。

その時は前述のChebのpartyでは無かったので、
人種の坩堝(るつぼ)という感じではなく、
普通にFunkとかがかかってたような、、

でもそこで個人的に最高のクラブアンセム
I believe the Miracle / Jackson Sisters

が聴けたのは救いというか、、

この曲は15歳くらいでシングルを何故か買ったような、、
良いとか,好きとか言うよりは、もはや懐メロな感じですね。。
体の一部と言うか。。

この曲が基本です。
(ちなみにDJでかけた事は1回しか無いのですが。。)

PS

前述してる沖縄のヤングウーマンフォース
比嘉美由紀さんのブログです。今全国的にも話題になりだした沖縄の基地問題等、若い沖縄の女の子からの視点で書かれています。
素晴らしい。。

http://myuuuuu.ti-da.net/

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