NO.043 やっとアルバム終えました。。2010

Jul 21, 2010

20100721

やっとアルバム終えました。。
長かった。ほんとに長かった。
NXSでの録音時代も含めて、かれこれ7年近く経っている
音源もあったりと、いろんな意味で長編です。
というかこのCDが売れないご時世にCD2枚組など、
ほぼ狂っているとしか思えれません。。我ながら。。

このRe:momentosシリーズ最終章Movementsの
意図としては、やはり2005年にリリースした
Momentosの録音で訪れたキューバが発端です。

今では日本に戻りガシガシ太鼓を叩き大活躍の
Izpon氏がその当時2002−2005くらいまで
キューバで太鼓の修行をしてたので、
(詳しくはNXSホームページのコラム参照
音楽としては昔から触れていたそのキューバが
いきなり現実的になり、2003年、
機材を持ち込みいきなり(調査もせず)特攻したのであります。

その当時自分は拠点を生まれた東京から現在も住んでいる
福岡に移し、まだ足下もおぼつかないという状態だったのですが、
気づいたらキューバの空港に降り立っていた、という様な、、

そして(メキシコ経由で)キューバのハバナの空港に
到着するや否や、いきなり税関の管理人に機材をこっちで
売りさばこうとしてる容疑をかけられ、メインの
録音機材を没収。。(結局Izpon氏から拝借)

前途多難な旅が既に始まっていたのです。。
いきなりの共産主義なノリに困惑を隠せぬまま、
次の日にはキューバの南に位置する
サンティアゴに向かいました。Izpon氏もハバナから
出るのが、ほぼ初めてで、しかもその時期は
民族音楽的な祭りが開催されていたので、もの凄い
人の数!(と言っても我が地元である高円寺の
阿波踊りほどではありませんが)2人ともウキウキです。

かなり面白い音楽が目白押し!で基本ハバナよりも
人が黒い!よってノリが良い!
ギュウギュウの中プリプリの黒い女の子達と
モヒート等煽りながらIzpon氏の通訳
(キューバの公用語はスペイン語で基本庶民で英語を話せる人は
日本における,その比率より低い?)の元、逆ナンパ。

その理由も沖縄におけるアメ女(じょ)の様に貧乏?な
生活から抜け出すため外国の男を見つけ(偽装でも良いから)
結婚して、この島から出たい!と思ってる女の子が多い様なのです。

ただ自分としては女目的でこの島に来た訳ではないので!
ここは男はグっと我慢、とばかり、そのプリプリの
ボディーを見せつけられながら、
『私の体に興味ないの?』
と言われる始末、、いきなりタジタジです。。
『いや興味は(多いに)あります、、、ですが、、、』
等と言ってるうちに通訳の彼は、どこかに勝手に消えてしまいました、、、、

そうです。着いて次の日に英語もほぼ通じない国の祭りに
放置されたのです!!!!
でも音楽が良い感じで、やはりキューバと言えばサルサ!
という事でゴミゴミ、ギュウギュウの中、またもや
違う黒い女の子に『私と一緒に踊って!』と言われると
断っては男がすたると、日頃ダンスフロアで鍛えた?
ダンスで応戦。なにげに謎のデかい東洋人がサルサを踊ってるという事でか、
周辺も盛り上がり、なんだかかなり楽しくなってきました。

しかし、にしてもIzponは一体大丈夫かな?こんなとこで
放置されても、ヤバいしな。。なんて思って
そのダンスサークルから脱出、独りその喧噪の中
まるで映画『黒いオルフェ』の様に雑踏を闊歩.。。。

やっと彼と合流出来たと思い、またモヒートでも
飲むか!などとバーに行って、財布を取ろうとすると、、

無い、、、、、、、、



無い?






そう、
財布は無くなったのです。

僕の元から現金日本円10数万、クレジットカード、免許証など
日本から飛び出たまま、なんの返金も,財布の中身の整理も
まったくせぬまま、、

その時の僕の顔は完全に青くなっていたと思います。

すべての音がいきなり遠くで聴こえてくる様な
そんな一瞬でした。。

すられたのか、落としたのか

未だに真実は分かりません。

ただ言えるのは僕の免許書は、その財布をゲットした
人の家の神棚にきっと飾ってあるに違いありません。
なにせ日本円で10数万はキューバでは
100万以上の価値があるのですから。。。

次の日は警察に行き、盗難届など、祭りもそこのけ、奔走。
着いて3日目です。

キューバに着いて2日目には一文無しになってしまった自分が
(余談ですが日本では、賭け事ももしない自分には
そんな事あり得ない)
まだ飲み込めず、一日不機嫌。
izponにも不信感。。
つまりいきなり人間不信に陥ったのです。。

当然ですがホテルにPC(コンピューター)だけは
あったので、ムカついて青空の中,ホテルで
トラック創り、、、

Izponも『気分を取り直して、グアンタナモという
サルサ発祥の地に行ってみよう』等と悠長な事を言ってるのにも
正直ムカつきながら、渋々バスで向かいました。
(勿論彼から借金して、、)

その場所グアンタナモは後に知るのですが、
何故か!本当に不思議、というか、絶対いろいろ裏の事情が
うごめいていると思うのですが、なんと国交も正常に無い
(キューバとアメリカは直接航空便が無い!)
のにも関わらず、そこに沖縄のように米軍基地があるのです!

まだ未見ですが『グアンタナモ』という映画でも扱われているようですが、
中東におけるアルカイダのメンバー等トップクラスのテロリスト??
が拷問されているところなのです。

先日公開したPV KOZAの中盤で出てくる手錠をかけられ、金網の
中米兵に酷い扱いを受けている男達のシーンがあるのですが、
それがグアンタナモでの基地の映像なのです。

そしてそのグアンタナモに着いたのは、もうすっかり日が暮れた
夜8時くらい、とにかくホテルに荷物を降ろし、町に繰り出すと、
(ほんと町という字が合うのどかな感じでした)
何処からか音が、、
2人でその音を辿って向かうと、、

キューバには各地で点在するのですが
吟遊詩人の家、と言われるオープンスペースのバーで
繰り広げられる音楽はChanguiというものでした。

黒人、白人が混合で4人くらいで奏でられる、その音楽は
はっきり言って全員バラバラに演奏してると錯覚するほど
不思議な分離の中で融合してるというか、
別のもの同士が、渾然としてると言うか、
とりにかくジプシー的な郷愁感のあるギターと
アフリカンな太鼓、そしてインディオなマラカス。
それらが、つまり人種の混合が楽器としても
Sessionしてるのです。
今となっては当たり前の楽器構成ですが、その当時まだ奴隷として
連れてこられたアフリカンと、いきなり自分の土地にがやがやと
搾取される現地のインディオ(つまり僕等と同じ黄色人種)
と支配者でありつつもヨーロッパから逃げてきた白人達が
一緒に演奏するのです。

それはそれは悲哀に満ちた まさしくこの不条理に
生きる人間達の音楽なのです。

ともかく
僕等2人は口あんぐり、、
お互い目を見合わせ、笑ってしまいました。あまりにも
不思議な融合だったので、、、

その音楽を聴いてから、僕の中で何かが変わり始めたのです。

気分も立て直し、Izponのハバナにあるパーカッション学校の
友人が夏休みで地元であるこの地に帰っていたので、その彼を
介してある男を紹介されました。
その男Eudys.確か年は一つ違いだったと思います。



この男が重要なのです。Momentosでは。

長くなったので次回に。

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