NO.061 あなたにとっての正義とは?

Aug 01, 2011

先週の金曜のMovements参加してくれた、来てくれた皆さん

ありがとうございました。
同日に様々な箇所でイベントが開催されていたので、
タイミング合わなかった人も多かったともいますが、
とにかく素晴らしい夜になりました。

ライブでの爆発はやはり感動/快感でした。
朝まで一気に駆け抜けた感じで来てくれた多くの人と
ゆっくり語る事は出来ませんでしたが、皆から
暖かい気持ちをたくさん頂きました。

個人的にも檻の中で、このイベント/Partyを楽しみに、
ある意味、励みにしていたので、まさしく感慨ひとしおと言うやつです。。
しかし
実は内心警察のいやがらせを心配していました。。

という事で、

まだ拘留話に続きがあります。

毎日の朝、昼、晩と揚げ物オンパレード(これはすべての拘留者の常識?らしい)に
対して、飯を食えるだけアリガタイというのは、常々思っていますが、
さすがにご飯の上に揚げ物が載っているのを、檻の外から与えられるという
自分のシチュエイションにも、なにかの抗議をしたくなり、
2日間だけですが、断食をしてみました。

前述した通り、7割方の警察官は、あくまで事務的に、モノを扱う様に、
幼児を扱う様に、そして犯罪者を扱う様に(現時点では犯罪者ではなく、
あくまで被疑者なので)、気持ちのこもらない、人間性を感じない
対応しかしませんが、自分が食事を止めただけで、

ハンガーストライキをしてる訳では無いよね?』
等と気にしてくれ始めます。

その場合自分は
『大丈夫です。』というある意味、意味不明な返答をして、
あえて笑顔を返します。

すると彼らは本心では無いでしょうが、(それは管理者のミスという
事になるので)やたらと気にしてくれます。

これはある意味で、体制に対する対処、手段として『有効』だと感じました。

ガンジーインドの独立直後に勃発したヒンドゥー教とイスラム教の殺し合いを
止めるためにハンガーストライキをして、彼らの戦争を止めたのは有名な話です。

相手を言葉や、暴力で威圧したり、攻撃したりするよりも、
自分に対して自らプレシャーをかけているのを、見せつける方が
相手に対して、相手の良心に対して、揺り動かす
なにか
がある様です。

私も何回かデモに参加していますが、ただ自分の主張をブチまける
だけの集会には、あまり『効果』を感じられず、
なにかもっと良い方法があるのでは無いかと、模索していたので
この出来事は改めて、ストというモノを、その意味を考えさせられました。

個人間でも相手に対して、何か不満があったり、
要求したい事があるとき、ただ相手を非難しても反って
意図と違う方向になる事が多く無いですか?

公式に、世間の目にさらす様な状況で、相手=政府、悪徳企業に
対して、これを使えないでしょうか?

まず分かりやすいところでは、電気を自ら止める。
電気のボイコット。

また、全員でのハンガーストライキ。不買運動。

皆に呼びかけて、同じ日に同じ時間、世界中でそれをやる。

どうでしょうか?

思想と言われようが、なんだろうが、これ以上、住む場所を
追われる様な状況を望む人は、世界中どこを探してもいないでしょう。

今も『危険は無い、安全です』とか言ってる人は、早いところ
最寄りの原発の近く、もしくは警官ですら宇宙服の様な防護服を
着せられる六ヶ所村再処理施設の横にでも住んでもらいましょう。

私が聞いたところによると、六ヶ所村が爆発して、放射能が
まき散らされた場合、100km圏内は『即死』と聞いています。

どういう『即死』なんでしょうか。。。

チェルノブイリでは、多くの赤ちゃんが3日間で鼻血を出して、
死んで逝ったと聞いています。おそらくそれが大人でもなるという事ですね。

自分を担当した刑事は、まだ小学生の子供が2人いて、
私の友人に起こった子供の事故の悲劇を語って、ショックを受けていました。

誰もが自分の子は愛おしいものです。
その存在が、自分よりも先に逝ってしまうのは、
なにより悲しいものです。

それが、この様な、不条理な理由、つまり
エリートと言われる拝金主義者達の、私欲の為に
我が子や、家族や、仲間が犠牲になるという事は、
どんなに『寛容』な『善良』な人でも
耐え、許せるものなのでしょうか?

私はあいにく、そこまで『大人』では無い様です。

幼稚と言われ様が、誰かが作ったルール=法律に沿って、
言う事を聞き、何をされても、黙って従う事は自分には出来ません。

今まで普通にそうしてきた事が、明日からこれは違法だ、と言われても
おかしくないのがこの社会の現状です。

それは今回の原発事故に限らず、『戦争』という最も不条理な
状況に巻き込まれる事も、最たる事だと思います。

アメリカという国が、イラクに対して
『あいつ等は細菌兵器を持っているらしいから
爆撃して捕まえる』と言い出し、劣化ウラン弾
まさしく何の罪も無い女性や子供や老人達に、無差別に
爆撃し、その後も奇形児等障害を残す様な、不条理な現状を作り出し、
フセインを逮捕。
その後、ぬけぬけと『細菌兵器は無かった』と
事後報告されても、誰も、どの国も公式に文句は言えないのです。
ちなみにフセインは有無を言わさず、でっち上げ裁判の後
死刑。

この状態が今の地球の状況なのです。

誰が民主主義等と、それこそ平和ボケした、
子供じみた事を言えるのでしょう?

政治家や警察や、教師等いわゆる良識のある、
世間的に誇るべき職業で働いている方達は
この事態をどう、子供に説明するのでしょうか?

もちろん人間の歴史の中で不条理な状況が無い瞬間は
一瞬たりとも無いでしょう。

それをただ肯定して、
『これが社会です。』
と言い切れますか?

もしくは冷徹に
『社会なんてそんなモノだ』と
切り捨てれますか?

良識ある『大人』を育てる、という大義の中で
この社会のエリートの最高部?が軍需産業とともに
人殺しを『合法的』にやっているのです。

今回の原発事故と、それにまつわる政府の対応を観ても
明らかな様に、腐りきった『大人』の連鎖構造。

申し訳ありませんが、そんな『大人』の仲間入りは
ロボトミー手術でもされない限り、無理そうです。

警察署の留置所で、警官達がぞろぞろと
10人くらい並んで、子供のお遊戯の様に、
軍隊の様に点呼等してるのを観ていると、
なんとも言えない、ばからしさと恐怖を感じます。

そんな警官の人達と接する上で、いろいろと質問したり、
討論したたりしましたが、

その中でも印象的な言葉は
まず原発についてどう思うか?
これには

興味が無い、あってもなくてもどちらでも良い。

無い方が良いかもしれないが、今あるんだからしょうがない。

安全性が確保出来ないのなら、、、

今あるものを維持しないと日本の経済が駄目になる。

プルサーマル等を積極的に使って、再利用をして、今後は増やさない様にする。

原子力研究はすべき。

等という言葉。

この意見に対して、映画『ホピの予言』で語られる様に、
1920年代からアメリカ、フォーコーナーズにおいて
ネイティブアメリカンつまり先住民であるホピ族とナバホ族が
(反対に言えば、後から来たヨーロッパ人達が、先述したイラクの様に
無差別テロ的な虐殺によって、今のアメリカを乗っ取った訳です)
強制的にウランを採掘させられて、それが日本の広島、長崎に
1945年に落とされた原爆に繋がり、
今現在でもアメリカのネイティブアメリカンに、
オーストラリアでのアボリジニに、
アフリカにおいてのアフリカンに対して強制採掘
強いている事は彼らは一人として知りません。

あまりにも多くの生け贄を要して
その開発や発展があるのを肯定出来ますか?

それを善良な、良識のある『大人』が
認めるのでしょうか?

逆を言えば、そういう犠牲を肯定するのが
良識ある、善良な『大人』なのでしょうか?

青森簡易裁判所 裁判官 中山仰二

にも聞いてみたいですね。

あなたにとっての正義とは?

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