NO.062 長崎から 再生 2011

Aug 13, 2011

少し時間が空いてしまいましたが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。
あまりにも夏過ぎて、3.11に起きた事、その後の混乱等
考えたくもなくなるくらい、暑いですね。
 
ですが、そんな時にも彼らは容赦はしないのです。
 
まずは先週久々に行ってきた長崎の話から、、
 
今回誘ってくれたParty [NEW DAY]は坊さんをやっている長年の友人と
ジャパンサンスプラッシュやRainbow2000を手がけたプロデューサー
越智さんの企画でした。
 
写真でこの会場『とりかぶと生活科学研究所』の
素晴らしさを感じてください!

 
 
 
 

 

 
基本手作り系で造ったらしいですが、建築構造が素晴らしく美しい!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
本当に平和な村でした。
内容的にも素晴らしく、制作者、出演者、参加者全てが、
それぞれの誠意の中にいるのがヒシヒシと感じられました。

誰も完璧な人はいませんが、過剰な物質的エゴからの脱却を
目指すところが共通認識としてある集団だったと思います。
そこが今の原発、軍備推進する人間達との決定的な違いでしょう。

ちなみに
地域通貨も発行!ドリンク、フードチケットだけど。
 
 
2泊3日のキャンプが終わり、
次の日8/9長崎に原爆が落とされた日は朝から
66年目の平和祈念式典が開かれ、
管首相も来て、核について、原発について語っていました。
 
その日も本当に暑い日で、湾になっている長崎の夏は他よりも
不快指数が明らかに高いと思います。
盆地的な気候なんだと思います。

それも風情があるのですが、
ただでさえベタベタして、風もあまり無いのに、
原爆を落とされ、焼かれるというのは、、、、、
ムカつきます!!!!!

冬だったら良いとは言いませんが!
どれだけ最悪な状況になったのか、
落とした奴らにも同じ事をしてやりたいと思ってしまう自分は
大人げないでしょうか???

冒頭に言いましたが、彼らは容赦はしません。
非情
No Mercy
   なのです。


平和祈念像
この像の作者である北村西望氏の記念館が井の頭公園にあり、
原型もたくさん去年の末に観ていたのも、完全に布石になっていた事を再確認。

そして
恒例の原爆資料館、その日は無料なので外国人も含め大混雑。
これが噂の「リトルボーイ」
こんな小さいので200、000人近くが死亡。

The photoes of NAGASAKI (原爆投下直後の長崎) 1/5
必見です

 
 
日本人いや世界中の人類が読むべき話
「はだしのゲン」の実写版 原爆投下1/2

 

 
 
涙が出てしまうのは何故でしょう。

今の日本も大変な状況ではありますが、この状況に比べたら
いかに今が『平和』なのか。

それを噛み締め、
また同じ様な愚業に走ろうとしてる豚野郎ども、
失礼、
拝金主義者、人種差別主義者、核武装論者と闘う、
もしくは説得する事をし続けなければいけないと再確認したいと思います。

1945年8月15日に日本は第二次世界大戦を敗北という形で幕を下ろします。
これによってこの国は、まさしく天と地がひっくり返る様な
状況変化が起こりました。

それは目に見える範囲ででも変わりましたし、
(その時期生まれていませんが)
目に見えない範囲ででも大きく変わったでしょう。


まず去年にまとめた死者の数など観てください。
http://nxs.jp/wp/2010_06_01_archive.html

今観ると原発の事にも相変わらず言及してましたね。
完全『思想』なんでしょうか。。
 
さて
今これを書いている8/13日から、あと2日に終戦の日であり、
新暦ではお盆になります。
 
尊敬する(すべき)音楽家である大友良英さんが主催する
Project FUKUSHIMAにリンクして、3年前から始めていたparty
“GHOST DANCE”を急遽開催します!

是非とも今存在する魂すべてと音で交信しシェアしましょう!
(だいぶオカルティックな宗教団体っぽいですが、、、)



PS
先日まだ42才ののDJをずっとやっている地元の先輩が
家族の不幸が相次いだ上、自分の調子が悪くなり、
急遽入院しました。
そこで医師は家族に彼が肝硬変で、
あと3日もてば良い方だろうと宣告したのです。

それを急に告げられた自分は、病院に急行。
彼自体はその事実を知らず、すでに顔色も悪く、
話す事もままならない状態は明らかでした。

ですが、その無菌室的な病室で無音で
彼を逝かせてしまうのは、しのびないのもあり、
とにかく音を出そうと周りをけしかけ!
簡易スピーカーを買い、
彼の好きなLarry HeardE2E4等を友達と買いに行き
ドタバタしながらも音を出し始めると、来てた身内達も和み始め
彼自体も会話がスムースになってきたのです!

なんだか、これはイケるかも!と思い、その日は撤退。

その後2週間近く経った彼は、今では食事も摂れる様になり
車いすで動ける様にもなりました。

これは私は音楽の力だと信じて疑いません。
音楽はまさしく活力なのです。

一つの奇跡の話でした。



 
 

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