NO.068 新暦新年明けでに

Jan 13, 2012

遅ればせながら 明けましておめでとうございます 本年も宜しくお願いします。 昨年はご心配、ご迷惑をおかけした方々も 多々いらっしゃると思うので、この場を借りて 深く陳謝したいと思います。

正月早々から割と大きな地震で寝正月を妨げられ、 まだ何も終わってはいない、まだまだこれからだという アセンション現在進行形というのを意識した方々も多いのでは無いでしょうか?

個人的にはグレゴリオ暦よりも旧暦マヤ歴、はたまた こんなんこんなんも気になります。

人それぞれと言うか部族ごとに違うんですが、 共通の、永遠の、絶対の、ひとつの価値観とは何なのでしょうか。。。

ちなみに今日は13日の金曜日 なのですが、世間的(西欧的)には縁起の悪い日と言われていますが、 別にあの映画を好きでもないし、ちゃんと観た事も無いですが、 何故か幼少からワクワクしてしまいます。

仏滅などもそうですが、仏陀キリストのファン達がその死を悲しんで それを悪い日としてしまったようですが、(もしくは陰謀?) それよりもこういう考え方の方が個人的には好きです。

 今のこの世界が『良い』神さまが仕切っているのだとしたら、どうして この様な不条理が世界中に蔓延しているのでしょうか?

幼少からその偽善に耐えきれなく、あえなくグれてしまいましたが、 自分が子供が出来ると、どうにか後に残すものをどうにかしたい、 という気持ちは大人になったのか親になったからなのか、、

いずれにしても相変わらず不条理現在進行形。 良くなってる部分もあれば悪くなってる部分も。

世の中を逆説的に、相対的に観る価値観はおそらく幼少の頃からで

永遠に終わらないこのような戦いに人生、宇宙を観る価値観にも シンパシーを持ち、確信が深まり、 南半球と北半球がいずれ移り変わり、(Nouth X South) すべてが交錯し、融和し、崩壊し、また再生するという 真理をこの年になりまた確信します。

絶対的な悪や、絶対的な善も存在はしない。 あくまでも個人的な立場からの意見でしかなく、 それを強要する事が、強いて言えば悪なのでは? と個人的に思います。

昨年は社会そのものが混乱していましたが、 それは今に始まった事でも無く、永遠に続いていて、 それに気づくかどうかだったのではないでしょうか?

隣で人が爆死しようが、愛し合っていようが、 それに関心が無ければそれはその人にとっては 存在すらしないのです。

個人的にも混乱が相次ぎ、滅入る事もありますが、 それでも自分の人生は続けるしかありません。

きつい言い方ですが、あえて言わせて頂きます。

周りの人間が理解しなく、無視したり、逃げ出したり、 阻止したり、倒れたり、死んでいったとしても、 私はこの戦いを止めるわけにはいかない。

誰の言葉でも無く、自らの経験のなかで浮かび上がった言葉です。

戦いという意味は勿論、殺すという意味や、人に対して 攻撃するという意味では無く、運命、使命に対して揺らぐ、 その自分の弱さに向けて闘うという意味です。

使命は何個もありますが、年を取るたびにその困難さは増すばかりです。

多くの人達はその目的を見失い、いつの間にか幻想に浸り、 日々のなかに埋没し、ふと年をとった晩年に気づくことでしょう。

もしかしたら気づく事も無いのかもしれません。

たかが3−40年生きた人間が偉そうには言えませんが、 それでも長く生きたと思います。

あと残された時間の中、何が出来るのでしょうか?

自分の野望のみで生きるのには、少々ものを知りすぎたのか、 安直には生きられません。

ただ何事も想い通りに行く訳では無く、日々葛藤の中で その自分の使命をどこまで全う出来るか。

改めて

生きてる間に原発と核産業の撲滅は目指します。

無理かどうかが問題では無く、これは使命なのです。 途中で自分が死のうが、精神錯乱しようが、 それはしょうがないというか、むしろそれが重要なのでは無いのです。

やる気があって、動いているかなのです。

それのみが生きる意味とも言えるかもしれません。

原発と核産業の事は自分の中の使命としては多くある中の一つです。 他にも音楽的な事、家族的な事、文化的な事、思想的な事、などなど いろいろあります。 というか山積みです。。 どこまでやれるか。。

ノーベル平和賞を取ろうが、グラミー賞を取ろうが、 アカデミー賞、ピューリッツアー賞、直木賞、哀川翔 どれだけ評価を受けようが、還暦になろうが、なにも終わりません。 死ぬまで続くのです。永遠に平和も安定もなく、 ひたすら万物流転、諸行無常です。

ヘルマンヘッセのシッタルダなんかも思い出します。。

それでも一期一会。出会った人とは出来る限り 続けて生きたいです。

「明日死ぬと思って生きなさい。永遠に生きると思って学びなさい」 byガンジー

一個人の中の宇宙から全生命体に対しての愛にまで いく事が本当に必要になる時代なのですね。

太古の部族達にそのヒントを頂き、 この時代でどのように生きるか 日々精進。

話変わって昨年からDVD12インチEPなど この音楽が売れない時代に連発リリース。 皆さん大変だとは思いますが、下記のお店で直接取り扱って頂きました。 感謝&Respect!

盛岡Mother 中野Fatbros 下北沢DiscShopZero 高井戸トラスムンド 吉祥寺JarBeat 吉祥寺Toosmell 名古屋Decibel 四日市Agritribe 京都Japonica 大阪newtone 広島chockeeRec 山口防府のむの 福岡Ticro 大分開書堂 沖縄Blend

他にもULTRA VYBEというディストリビューター経由で 扱って頂いてるお店もあると思います。ありがたい。。 是非チェックしてください。 この時代まで生き残っているお店は、変な言い方ですが 普通ではありません! 特別。(ある意味異常!) SPECIAL FORCESなのです。

ネットだけでは無く お店の店員さんやお客さんと繋がり、自分の世界を広げてください。 生命体は永遠に拡散なのです。崩壊(死)するとしても恐れずに! No Fear。 運命は決まっているから、自由にやる。 誰かの言葉です。

来月はある大国に行っちゃおうと思います。 10年間のツケ(恩恵)も返せたら良いのですが、、、

本当は息子達を去年に引き続き連れて行こうと思いましたが、 元奥様に子供を東京に3日以上滞在させて欲しくない、と言われ、 そのシビアな意見に胸が痛むも、その事実 (4号機がいつ爆発するかもしれない、食べ物、飲み物の汚染等) にただ、『やれるだけやる』としか言えませんでした。

先日行った福島市内で普通に生活する人たちを観て、驚き、 移住出来ない人達に憐れみを持ちましたが、 今自分達が九州など南からそう思われているとは、、 改めて、酷な状況だなと痛感。(遠くから観れば日本そのものが、 いや地球そのもの?)

被災したのは福島だけでも無く、日本だけでもありません。

海外に移住した親子が故郷の関東に帰れなくなり、、 おじいちゃんおばあちゃんが孫に会えなくなったり、 学校での友達が離ればなれになり、転校先で放射能の事でいじめられたり 今までやって来た仕事が頓挫したり、 意見が食い違って離婚したり、病気になったり、自殺したり、、、 離ればなれになった挙げ句、 移住した先で不慮の事故で亡くなったり、、、、 この期に及んで、その原発をベトナムなど海外に売りつけようとする事で、 全世界に不安の余波をまき散らしています。

その悲しみは局所では無く、 その原発がある地域の住民だけではすまないのです。 一体何十万人の人達、いや何百万の人達が悲しんだのでしょうか?

これ以上の悲しみをくだらないあぶく銭の為に 増やすのは断固として反対です。

もう一度、というか何度でも。

青森のねぶた/ねぷた祭の意味

天災は避けれないが、人災は避けよう

東北が教えてくれました。

天災はある意味諦めれます。天命として。 でも人災は殺人です。

。。。。。。。。。。。。黙祷

そして 『それでも生きろ』 とあの国は教えてくれました。

近々ーLegui Legui(セネガル、ワォルフ語?)

PS

ご要望にお応えして2月1日(水曜日)にも吉祥寺Baobabにて ホピの予言上映します。予習するならこれ。 豊川や岡崎でもやりますので是非この機会に。 スケジュールをチェックしてみてください! 勿論ですが音楽は、よりパワーアップしてやるつもりですYO!

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