NO.072 調書風コラム

Apr 02, 2012

 
 
 

調書風コラム

今日吉祥寺から国立まで自転車で向かいました。 福岡から数日間東京に滞在して、ライブなどを観て、 そのまま沖縄に行く友人に会うという目的もあり、 国立で原発再稼働を反対するデモがあるということで、 そこで待ち合わせしようという事になったのです。

国立に着くと、やはり予想通り、平和な日常で、 まるで今も福島にある1号機、2号機の原発が 海に大量の放射性物質を垂れ流し、4号機は今にも壊れ、 メルトダウンしそうだという事も忘れそうです。

梅は表現しきれないほど爽やかな香りを放ち、 今にも桜は芽吹きそうな4月1日の午後。

あまりにも普通の日常がそこにはあり、 いつもの騒がしい原発反対デモの音や形跡が見当たらず、 思わず自分が日時を間違えたのかと 友人からのメールを確認したほどです。

日時は間違いなく、場所も間違いない事を確認して、 しばらく自転車で国立を彷徨い、見つけました。 もう日常的にもなった警察に保護?警備?されてる デモの集団を。

予想通り、平和な国立にはそのデモに集まる人数も少なく、 今回の主催者がピエロ:クラウン集団なのもあり、 どこかコミカルな印象を受けました。

その集団の中にいる友人を見つけるのは、 容易い(たやすい)事でした。 そのままデモの集団に加わり、その友人と話しながら 行進していると、ほどなく住宅街にある公園でそのデモは終了し、 その後はそのまま、その公園で交流会的な状況になりました。 まるで桜の無い花見の様な雰囲気で、様々な人とお話をしました。

クラウン集団の代表であるマリオさんは、 かなり政治や文化にも造詣が深く、 そのまさしく道化の姿で、 この社会の矛盾を透かしているいる様でした。 (彼は操り人形のピノキオの格好をして、 その後ろにはアメリカ人にみせた外国人が (実は彼はオーストラリア人だが)糸で人形を操る、 というパフォーマンスで デモに参加していたのも象徴的です。)

夕暮れとともに気温が下がり、 皆が片付けを始め、その集団のたまり場?である かけこみ屋という所に場所を移し、 まだ交流会は続きました。

そこでも様々な人と、様々な話をしました。 友人が私を紹介する時に『彼はステッカーの件で 六ヶ所村で警察に捕まった』と言うと、 皆知っている様でした。 しかし 青森の野辺地署の刑事がわざわざ 東京の私の自宅まで来て、 家宅捜査され、裁判所の令状通知とともに、 手錠をかけられ、新幹線に手錠をかけられたまま、 強制連行され、青森の野辺地署に3週間、 接見禁止で拘留された事は、知られてい無い様で、 皆驚き、嘆き、恐怖を感じた様でした。

ともかくそこでの話は、私的には推進派に対して、 反対するだけでは 絶対にその流れは変えれないだろうと、 言わざるをえませんでしたし、 全員ではありませんが、皆お酒を飲んで、 ただの打ち上げの様で、 今後の具体的なヴィジョンを感じる事はありませんでした。

それはそこのデモやその周辺の人達だけでなく、 私が参加した東京や仙台、福岡等のデモや それにまつわる集会的なものにも 通じる感想です。

皆原発には反対だが、どうやってそれを止めさせるのか、 何故政府や電力会社は止める気が全くないのか? それらが全く理解出来ず、具体的な解決策が見当たらず、 途方に暮れてる、という印象もあります。

ほどなくして、 友人が今回滞在中に行けたらと話していた 国立にある、前から噂は聞いていた あるライブハウスに2人で向かいました。

そこではその日のデモでも見かけた人達も何人かいて、 そのライブの内容も直接的ではありませんでしたが、 今の時代の”変化”を歌にしていて、 そこにいる人達の共感を得ていました。

そして私は待ち合わせがあったのもあり、 そこを出て、友人と近々の再会を 誓い、自転車でまた吉祥寺向かったのです。

おおよそ1時間の道のりは決して楽ではありませんが、 自転車に乗る事は私には喜びのひとつでもあり、 電気やガソリンを使わずに、 自分の力で移動出来る喜びもあります。

出発して15分ほどで、 2人の黒い陰が誰かタクシーでも止めようとしてるのかと、 スピードを緩めるとそれは警官でした。 彼らは私の進行を妨げ、ライトをつけてない、 止まれと道を遮りました。 しかし私の自転車のライトは見えづらくはありましたが、 しっかりと光っていました。

警官の一人はそれでも、私がしていたイヤホンを、 それは違法だと言い出しました。 しかし私のイヤホンからは音が出ているのでは無く、 そのままの状態でも 彼の言葉しっかりと聞けていたのです。 それを説明しても彼は身分証明書を出せ、 この自転車はちゃんと登録してるのか? と迫りました。 私はこの自転車はもちろん登録されているし、 身分証明書を何故提示しなければいけないのか? それは強制なのか? と聞くと、強制ではない。 だが協力しろと言いました。 私は寒いし、 待ち合わせがあるので急いでもいましたし、 あなた達に協力する理由は無い、そこをどいてくれと言うと、 彼は道をふさぎ、協力してくださいよ!と大声を出し、 道を通しませんでした。 私は『何度も言うが、強制する権利はあなた達には無いし、 協力するつもりも無い』と言いましたが、 それでも彼は協力しろと道を塞ぎました。 私は大変気分を害し、 そこをどいてくれ、私は急いでいると言い、 そこを通ろうとすると、 彼は隣の警察官に応援を呼べと言いました。 私は進行方向を塞がれたのでUターンする形で 遠回りをして走り去らざるをえませんでした。

私の中で『逃げる』という行為は自分の信義に外れますし、 とても屈辱的な事ではありましたが、 応援を呼ばれ、何の意味も無く強制連行されるのは 絶対に無駄な時間になる事は明らかだったので、 そこから自転車で追いかける警官を後ろに遠回りをして 走り去らざるをえませんでした。 (ちなみに私は酒も飲んでいませんでしたし、 不法なモノや危険なものは一切持っていませんし、 何も隠す事はありません)

その後の4−50分の吉祥寺までの道のりは 大変気分の悪いものでした。

先述した通り、私は自転車に乗る行為、 そのものを愛していますし、 この街で何の罪になる行為もしていません。 しかし彼ら警官は、私に無駄な時間を強制しようとし、 協力しなければ拘留も免れない状況に追い込んだのです。 その数分の体験が私を恐怖に陥れ、行き交うライトや警官を いちいち気にしなければならず、 とてつもなく不快な時間にされてしまったのです。

その時の私の気持ちはまるで マルーン の様でした。

常々、この国の状況からして、 何故警察は、真に国民を脅かし、 不安にし、多くの住民が強制的、もしくは自主的に、 その愛する故郷から出なければ行けなくなる行為をした 企業、役人等を処罰もせず、 捜査さえ行わないのを不思議に思っていますし、 不満に思っています。 その様に思っている人は、大多数でしょう。

甚大な被害をもたらした大きな企業や権力者達に何もせず、 非力な市民にその強制的な権力を振りかざす、 その姿勢に激しく憤りをおぼえます。

今日のこの出来事は、不本意ではありますが、 警察、それに携わる全ての人に 対して嫌悪感を持つ事になりかねません。

私はデモや自分の拘留期間中に接した刑事や警官に シンパシーを感じた経験もあるので、 その組織そのもを否定したいとは思いません。

しかし、この様な不条理な体験は私の中で、 国家そのものに対して不信感を募らせる要素になる事は 間違いないのです。

正義とは。

警官としてだけでなく、人間として、 あの警官に問いたいと、深く思う次第です。

4月1日 (エイプリリフールでもあるので上記の話は嘘、 かもしれません。あしからず)

 

http://kaleido11.blog111.fc2.com/blog-entry-1093.html

 

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