NO.118 言葉にならない事

Dec 15, 2015

本当にご無沙汰してます。
アルバムにまつわる事等、YAKAZAのツアーも含め、
本当にドタバタしてました。

やっとアルバムが12/23に発売されるのですが、
今回の作品にもインナーの文章を作っていたのですが、
結局色々考え載せませんでした。

下記の様になんだか仰々しくなってしまい、、
文章では表現出来ないと思ったのです。

技術的な面、精神的な面もあると思いますが
やはり言葉にならないと思ったのです。

ですがせっかく1年前ほどに書いていた文章なので
ここのページをお読みになってくれている
温かき読者様の方々には稚拙な文章ではありますが、
ご拝読して頂けたらと思いました。

下記入れようとしていた文章です。

まずこのCDを手に取ってくれた貴方に感謝します。

私達の生活には昼と夜がある。
これは当然の事ながら太陽とよばれる
存在が光をこの地に届けてくれてるか否か。

雲と呼ばれる水蒸気の変質した
見える気体が空を覆う事もあれば、
煌めく星々が瞬き、時には大きく光る月と呼ばれる
日によって変わりゆく存在が空から見下ろす時もある。

これらの誰にでも目の当たりに出来る現象から
私達はすべては変わりゆき、そしてある一定の
循環する法則が存在する事を知れる。

私達の気持ちや感情と言われるものも
毎分、毎時、日によって変わるものだが、
昼と夜というものがある通り、
晴れたり、晴れなかったりするものだ。

それはこの地球に住むあらゆる民族に
違いなく訪れる。

誰もが個人の感情を持っていて、
その感情の浮き沈みを表現することは
それぞれの世界で毎昼毎晩繰り広げられている。

なにもかもが目に見える形で
この地に存在するわけではなく、
人の感情は目に映らず、
その心に射す光が
他者からは見えるわけではない。

光とは存在すると同時に、見えない、
存在しないものとも言える。



心の闇とよく言われるが、
暗く、寂しいもの
というイメージは、
何も見えない、判断出来ない=怖い
というパターンで誰にでもあるものだが、
はたして闇は闇のままいれるわけでもない。

闇もまた闇と言われるには光が存在するのだ。

ややこしい話になったが、
COUNTERPOINTとは西洋音楽、
いわゆるクラシックというジャンルの音楽の
作曲法の中に対位法、つまり
遅いものと速いものを、重いものと軽いものを、
冷たいものと温かいものという
両極を組み合わせる技法らしい。

それは、前から自分がテーマにしているもので、
驚く様な考えでも無いが,改めて、
この技法、理論はすべてのジャンル、職業、
性別年齢、、、関わらず、この技法を使う事によって
なにかしらの解決策、もしくは未知なる領域に
突入出来るのでは、と思う。

田舎暮らしと都会暮らし、
理想と現実、右翼と左翼、
男と女、子供と年寄り、、
何を大事にするのかは
それぞれパーセンテージが違うにしても、
どちらかしか無い、
という2社択一では計れない指標が
この技法には存在する。

その両極の組み合わせによって産まれる、
新たな世界。

その狭間の中で精神と肉体を浮上させる様な音。

これが今回の目指したところだ。

音楽と精神とは、

かっこつけた崇高なものなわけではなく、
日常の中に存在し、
なおかつ代え難く貴重なものだと思って止まない。

今後も全人類に音楽と精神があらんことを願う。

宮脇崇成 こと J.A.K.A.M.


そしてこの1ヶ月前に想った事を追記すると


いろいろネガティブな事件が多く、
霹靂(へきれき)する事も多いと思いますが、
それでも原始時代から比べたら、
今この時代の
この地球上に住んでいる人類が皆同じ種で、
村や、国籍や人種を超えて繋がっている
大きなファミリーだと知覚している事は、
大きな進化の過程にいるということなんだと思うのです。


そして数日前に
偶然?(偶然など無いですね!)遅ればせながら発見した
日本画家 加山又造さんの


でも語れlている”色にならない色、色を超えた色”
というものに興味津々です!


稚拙な文章でしたがご拝読ありがとうございました!
また折りをみてまた投稿させてもらいます。

m

Share on FacebookTweet about this on TwitterShare on Tumblr