No.122 昨晩武蔵野の外れに戻りました

Oct 31, 2016


昨晩武蔵野の外れに戻りましたが、すっかり冬になっていてビックリです。改めて石垣島、沖縄コザ、那覇、名古屋で逢えた皆様ありがとうございます。
少しだけ振り返ると石垣島では仲間達の緩やかながら大きな変化を起こしている事に感心したり、こんな季節に海に入れて、声を出してしまうくらい綺麗な熱帯魚を見れたり、とにかく原始的な気持ちいい気分を味合わせてもらいました。
そして都会に出るのが緊張するくらい原始化(ほぼ裸、野糞、財布を持たない3泊4日)した心理状態の中、久々の沖縄市コザにて濃ゆいシマンチュ仲間2人に囲まれつつ、この何年かで仲良くなった仲間達、ハジメマシテな新たな仲間達と共に、新時代の沖縄を見た気がします。
具体的に言うとこの26年間沖縄と(断片的にですが)付き合ってきたわけですが、この、そう3/11以降から特に沖縄においての自分たちのアイデンティーに対する大きな自信というものを感じれていて、
それは昔、それでも20年くらいまでは関西等では特に、飲み屋等で『沖縄人お断り』という様な張り紙もよくあったそうで、確かに自分が知り合った沖縄の人 で相当酔っぱらって迷惑すれすれなアガり様を笑、見た事もありますが、それでもそんな差別があったのかーなどと思ったり、基地の問題、戦争の傷跡は最初に 修学旅行で訪れた時から、毎回感じざるを得ない事も、『被害者』という印象を持たざるを得ない心情が個人的にはありました。
しかし、沖縄出身の仲間達に沸々と盛り上がるその民族性、文化的な尊敬、それによる自信。
それをこの10年くらいで感じていましたが、このコザのパーティーで深く、そう青い焔をしっかりと感じれたのは、個人的に本当に嬉しかった事です。

自分自体は墓も田舎も、もはや実家も無く、貰い子だったり、愛人の子だったり、ルーツを遡ろうとも、あまりにもバラバラすぎて拾い集める事は不可能らしく、それを知った21歳頃に親父から言われた
『おまえが何者か聞かれたら、何処の馬の骨とも知らねえ者でございます、と答えろ。それで相手が差別する様な奴だったら、そんな奴とは付き合うな』と言わ れまして、それまで親戚付き合いもろくに無かったので逆に高貴な家の出だと勝手に信じていたのですが笑、結構残念な事実を知りwそれ以来自分の中のルーツ とは具体的な血や家柄ではなく、実家と思っていた家を建て、がんばり屋で、慈善家で、自分の音楽の初期の理解者であり、酒も煙草も呑まずに親戚のおばあさ ん連中と毎日の様に三味線と花札をたしなんで、本当に可愛がってくれていた祖母も、血縁は無い事を知り、それでも自分の『おばあちゃん』である事はかわら ないのだなと思ったり、心境は変わった事があります。

なので先述した沖縄におけるその民族性の復興ムーブメントには肉体的な共感があるわけでは勿論無く、自分の先祖や先人達の言葉、遺産に対して、感謝と学ぶ心があること、に共感するのです。

この世界は海や山や川で、障害はあったとしても繋がっていて、何万年という人間の歴史の中に無関係で今生きている人はいないと思います。

そんなコザでのパーティーでは自分の一番深く繋がっているシマンチュ友達アリトakaNu-DohのDJの時に若いHIP HOPやREGGAEが好きそうなアンちゃん達が楽しそうに、エイサーを取り混ぜた踊りでバトルしてた事に胸が熱くなりました。

この10年くらいで(特に若い人達の中に)民謡や祭などに『かっこよさ』を見いだしている人達が増えているのは沖縄に限らず、各地,もっと言えば世界中で起こっている事だと思います。

80年代をピークに迎えた多国籍企業による、ある意味産業革命は多くの、深い傷を各地に残しましたが、イギリスで始まったパンクムーブメント、その後60 年代に起こったヒッピームーブメントとも繋がり、90年代からは各地でその産業革命の侵略に対する運動(農業や芸術、様々な形で)が起こり、衝撃的な 2001年9月11日のあの事件から、ある意味その侵略の形が露骨になった事で、その後の3月11日による日本での政府や企業に対する不信感はぬぐいさる 事は出来ないでしょう。

主義や、政治(金や権力の多数決の原理)に対して夢や信頼をもつことよりも自分自体が何者で何の為に生きるのか、という問いは世界中の大人達には少なからず考えるきっかけは与えたと思います。
子供たちが主義や政治に感心を持たなくなるの当然であり、何が重要なのか、大人がテレビや風俗でごまかされている傍らから、しっかりと感じているでしょう。

既に長くなってしまいましたが、強引にまとめると笑
とにかく重要なのは『美学』なのかなとこの何年かで特に思っています。
先述した先祖や先人に対して眼に見える形でも、見えない形でも『美』を感じた瞬間(とき)、それが重要で大事にしたい、と思った瞬間(とき)、そのムーブメントは始まるのだと思います。

自分自体も先述した祖母にも、その三味線の音にも、その後10代後半から聴き始めたいわゆる民族音楽にも、うちの近くで毎年やっている祭、特に高円寺の阿波踊り等にも『美』を感じていました。

だから地代や政治のせいで、ただのモノとしてしか存在しない東京の店や環境があまりにもコロコロ変わる事に少年の頃から深く傷ついていました笑。
毎日乗る満員電車でいがみ合う大人達とぎゅうぎゅう詰めで運ばれ、繰り返される『人身事故』。
まあ東京砂漠とはまさにであって、その砂漠で見いだした『美』は音楽だけでした。
その『美』という観点からも那覇のLOVE BALLでのそれぞれのDJ達は、それぞれの『美学』を確実に持っていて、はっきり言ってまったくチグハグというか、バラバラというか笑、でもお互いにそ れが分かっているし、それぞれにある良さ、その『美』に尊敬があるからその状況はまったく混沌としている訳では無く、むしろ自然美というか笑、調和がとれ ていたと思います。
朝までしまんちゅ大会に押されつつも笑、次の目的地名古屋では、その『美』という観点からたっぷり3時間やらせてもらった事で自分でも多くの発見がありました。
前にやってくれたDJのApoloから感じる丁寧な『美』の構築。
それにも確実に影響を受けながら、いかに古いものと新しいもの、
田舎的な良さ、都会的な良さ、民族性と精神性、内なる宇宙と沸き上がる国際問題。
それらを全て『美』という観点でどう踊りながら、聴くか。
そんな事を考え無い様にw直感を出来るだけ信じて、様々な音の良さ。『美』を広げてみました。
誘ってくれたMikiAkoは現在ベルリン在住ですが、『美』という観点でも繋がっている同志でして、表現は違えど心の中に沸き起こる『美』という観点を人生の主軸にする事は、特に日本では『うつけもの』として扱われるので笑、ベルリンが良い、良いと言います。

先日レコードを世界でリリースしてくれたMALKA TUTIというレーベルの仲間も、サクセスよりもクリエイティブに生きる事を重要視してベルリンに移住した様ですし、世の中のディアスポラ(漂流者)は割とベルリンに漂着している様です。

そんなこんなを感じ、考えさせられた8日間でした。
長い文章お付き合い頂きありがとうございました〜

下記は今回のツアー途中でどうしてもかけたくなった『AS』という人類史上最も美しい曲なのでは?と思っている作者ステービーワンダーへの『ありがとう大会』の模様w

このセレブの中には到底入れませんが笑、自分も本当に感謝しています。
最後のキング牧師に対する感謝も絡めてくるところがアメリカンブラック達の熱さ、心意気だと思います。

ここにディアスポラ達が生み出した大いなる民族性を感じるのです。

https://www.youtube.com/watch?v=w5Gyi7M6aoo&sns=tw


20161025

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