NO.127 美の意識

Oct 31, 2016

”美の意識”という観点において、思い出せば
多いに刺激を与えてくれた人物がいる。

今から20年前、
まだDJとして東京以外で呼ばれるようになった初期。

山口県の宇部という街は、
その当時知ることも無かったが、
今でもそこで出会った仲間達とは交流がある。
宇部は炭坑などの工業も含め、
歴史的にも古くから栄えた街だったらしいが、
90年代中盤には既に工業も廃れ、人口も減り、
確実な過疎化が進んでいたらしい。
その当時やっていたRHYTHM FREAKSというPARTYの
3人のDJの一人として呼ばれ、
その後は何回か一人でも呼ばれる様になった。
(今は毎年防府という街に呼ばれていたりして、
その繋がりは絶えていない)
確か3−4回宇部には呼ばれたが
年々明らかに街自体の過疎化が進むのが分かり、
勝手にグローバリゼイション、キャピタリズム、
諸行無常の恐怖を感じていた。

ともかく、そこに呼んでくれたMassyという男が、
その当時の山口のシーンでは
重要な風を呼び込んだと思われるが、
彼がParty終了後の朝、
さびれた温泉に連れて行ってくれた。

当時からほぼ身体中刺青が入っていたので、
正直、田舎で、そんな異様な光景を見せていいのだろうかと、
逆に萎縮しながら風呂に入ったのだが、
そこにはお爺さんが2名いて、
まったくたじろぐ事も無く、
一緒に温泉に浸かりながら、
興味深い話をしてくれたのだ。


『私は戦争に行って、本当に良い思いが出来ました。
その当時食べられない様な果物や、
観た事も無い植物、草花を観れて本当に良かったです』

正直、うちの親父は自称右翼で、
でも行った中学,高校はいわゆる左翼教育で、
日本の誇り、正義とは?、日本兵、軍部の犯した犯罪、
アメリカや西欧諸国の卑劣な暴虐と支配、
アジアの誇り、大東亜共栄圏、
沖縄の人達が受けた悲惨な歴 史、
毛沢東の文化大革命による
虐殺、思想、宗教弾圧、国家とは?

戦争とは?
等が自分の思考の中には内在、混在していて、
今となってはそれを自分は右と左に 割と
バランス良く翼が生えているのでは、と思うが、
その当時はまだ人格も形成されていなかったのもあり、
度肝を抜かれた。

戦争=最悪な状況。
軍隊に徴兵、派兵=最悪な立場。
と完全に思っていたので、全くもって、
そのお爺さんの話は理解しきれなかった。
ただそのお爺さんのヴァイブスwは、素晴らしく穏やかで、朝の陽光がその風呂場を明るく照らしていたからか、
えらく神々しく見え笑、
妙に説得力があり、暫く、
そして今も記憶に深く残っている。

言わずもがな、
戦争というのは基本殺しあいの現場なわけで、
実質的な殺人任務だけでは無いにしろ、
いずれにしても死と向かい合わなければいけない状況で、
その人の状況を推測するに、
おそらく東南アジアらへんの島々に派兵されたのだと思う。

すでに派兵されている時点で故郷を離れ、
家族、友人、恋人とも離れ、
孤独と不安に苛まれているの人が大半だろうに、
その人は果物や花、植物に美しさを見い出していたという事が、
自分なりに解釈すると、
暗闇の中にも光を見い 出すというか、
地獄を楽しむと言うか笑、
新たな視点を教えてもらった感があったのだ。

先述した『美の思想』に書いてあった、
主体的な意識でしか『美』は見出せない、
というのはこのお爺さんの言葉の中にも感じる。

無関心、もしくは感情を否定、
もしくは破滅的な予想を持つ事からは、
美は見出しづらい。
死の直前,例えばビルから飛び降りて、
墜落する断末魔に観る夕日が綺麗だったかどうかは、
他者には分からないし、
その美を誰かに伝える事は出来ないだろう。
個人の中だけで完結する美は、
人類全体には、さして重要ではないと思うが
(少し冷たい言い方だけど)、
このお爺さんの言葉の様に、自分に対して語ってくれ た事、
この世の中には最悪の状況が度々訪れるだろうが、
その中にも美を(主体的に)見いだせ、
というメッセージ(勝手な解釈だけど)
は本当に今も感謝して いるし、
大きな無形の遺産なのだと思う。

このお爺さんが何者だったのかは、
今となっては知る由も無いが、
それでも高名な芸術家とかでは、
全く無さそうな風貌で(風貌で判断するのもなんだがw)、
おそらく市井の人なのだと思う。
そんな市井の人が美を見出し、
語ってくれた事は、
自分の人生に大きな影響を与えてくれた。

どんな賞を取ろうが、
どれだけ人を集めようが、そんな事とは関係なく、
例えば、一輪の花に美を見出し、
それをなんらかの形(写真や絵や文章や料理や音楽な ど)で人に伝えてくれる人達が、僕の中では真のアーティストだと思う。
ちなみに自分はまだまだ自称も言えません、、
ただ七転八倒しているだけですハイ。

下記はその最初に宇部にDJしに行った当時
18歳だったTAKAYAaka宇宙感覚の絵。
この絵はMEMORIESという
CDアルバムの盤面に使わせてもらいました。

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