NO.196 『回想の野口晴哉』

Mar 25, 2019

カラダ特集のSpectatorでその存在は知っていたが、
故人である野口サンの奥様が綴った回顧録。
泣けました。

 

1日で読破しちゃったけど、
良い本は心にいいですね!
音楽にフィードバックします♪



 

下記恒例の気に入った文章の抜粋。

 

『回想の野口晴哉』
朴歯の下駄
野口昭子(著)

 

「記憶力なんて、馬にも犬にもある能力だ。
人間としては独創力とか、
空想力とか、推理・判断力の方が大切だ。』

 

「俺の世界は 俺の周囲を廻る
俺はここにいる 動かない』

 

念ずれば現ず
我が思う如く、我が事為る也

 

「我あり、我は宇宙の中心なり。
我にいのち宿る。
いのちは無始より来たりて無終に至る。
我を通じて無限に拡がり、
我を貫いて無窮に繋がる。
いのちは絶対無限なれば、
我も亦絶対無限なり。
我動けば宇宙動き、
宇宙動けば我亦動く。
我と宇宙は渾一不二。
一体にして一心なり。
円融無礙(えんゆうむげ)にして己でに生死を離る。

 

況(いわ)んや老病をや。
我今、いのちを得て悠久無限の心境に安住す。
行住座臥(ぎょうじゅうざが)、
狂うことなく冒さるることなし。
この心、金剛不壊(こんごうふえ)にして
永遠に破るることなし。
ウーム、大丈夫。」

 

心のみ実在する

 

「慎むこと、抑えることがあって美しさが出てくる、
露骨に示されたものに美はない」

 

「努力や、汗の臭いが感じられるものは、芸術とは言えない」

 

自己の未来は 自己以外の何者かが支配するものではない
自己の未来は自己のみが支配する
未来は現在の結果である
未来は持つべきものではなく
創るべきものである
人は未来を刻々に創りつつある

 

七つの大罪の第一は無知

 

「言葉とは空気の振動を制限する術を使うことを得て発し、
また伝え得るもの也。
しかもその相手は、空気の振動の制限を、
声として聞き分け得る耳をもった生き物に限られる也」

 

「心なき言葉は、要するに空気の振動也。
心働けば、空気動かずとも、
言葉として心は伝わる也、
汝を愛すという言葉を発せずとも心は伝わる也。
その心、伝わらざる相手は鈍き也。
鈍きを相手にすべからず、
同じに心動く相手こそ愛す可き也。
拈華微笑(ねんげみしょう)という古人の言葉は、
空気の振動を経ずとも、
直接心から心に伝わるもののあることをいう也。
不思議なことなれどこの方に真実ある也」

 

何を何と言おうが言葉は言葉

 

独立すれば相手に対する思いやりも出てくる

 

「人間というのは、意識にいくら納得させても、
体は変わらない。
一方向に凝り固まった心の角度をちょっと変えると、
心も体もすっと変わってくる」

 

「体が古くなったら、脱ぎ捨てて、
新しく生まれ変わったらいいのです」

 

庭前の柏樹子の如き鍛錬によって洗練されぬいた、
余りにも澄んだ無心

 

「<罪なき者のみ、
この女を石にて打て>とキリストは言ったが、
子供を裁いたり、賞罰を与えたりすることは、
大人には出来ない筈だ。
ただ、親の関心のある処を教えるだけの行為が、
その叱る褒めるになるのだということを、
しっかり知っておかなければならない」

 

人間の自然は、
エネルギーが余れば分散要求が起こり、
欠乏すれば
他の注意を自分に集めようとする集注要求が起こる、
これは平衡要求の二方向であり、
これあって生き物は調和を保ち、
健康を保ち得ているのだろう。
それ故に、一旦起こった要求は、
自分の意思で抑えても、他人が抑えつけても、
なくなることなく、どこかに吐け口をみつけて、
それを、実現しようとする。
落葉や枯枝に堰かれても尚、
流れようとする谷川の水が、それが取り除かれると、
いとも自然にさらさらと流れ出すように、、、

 

Thanx セイさん