NO.234 ジョビン

Oct 12, 2019

今年の夏はなにげなくボサノバの名盤を聴き直していて、
その流れでやはりジョビンに、
また、行き着いてしまっていた。
彼の音楽の中に『瞬間的に』漂う深~い悲しみというか、
とにかく深いとしか言いようの無い感情に陥る時があって、
本当に凄い音楽家だなといつも思う。


うちの母が,たぶん世間で流行っていたからだと思うけどアストラッドジルベルトのレコード(ジョビンも当然関わっている)を持っていて、小さい時からその レコードはなにげなくビートルズなんかと一緒に聴いていたので、ボサノバ独特のアンニュイな感情は自分の中でも重要なところで、明るいんだか暗いんだかわ からないところが好きだった。
ゆくゆくブラジルにも訪れ、
その感覚は体験的にも理解出来るところがあったんだけど、、


ともかく先日読み終えた坂本龍一氏の自伝的な本でこのプロジェクトを知り、検索してみたら出てきたこの映像は、ジョビンに対するリスペクト、つまり音楽愛に満ちていて、まさに息をのむ様な、音楽の神髄の一つを感じる演奏だった。
いわゆる中産階級の音楽とも言えると思うボサノバは、ヴィニシウス・ヂ・モライスという偉大な詩人が、この時代に生きる人の複雑な立場や状況を情緒的に表現出来る可能性を見いだした事で、大きな共感を世界で産んだんだと思う。
音と言葉の連携の一つの究極でもあるかなと。


もちろん世界には素晴らしい音楽が溢れているけど、南米だけに限らず、植民地的な状況は各地にあって、そこに産まれた人達は,自分自体が迫害されていなく ても、自分一人ではどうにもならない社会の、時代の軋轢に、その矛盾性(豊かになりたいのに、それに罪悪感を感じる様な)に押しつぶされそうになる。
それはこの国に産まれても感じる。

詩(言葉)はその理智的矛盾をある意味肯定させ、音がその荒廃しそうになる心を癒すと言うか。


ジョビンの音楽、ヴィニシウス・ヂ・モライスの詩には自然の(人間以外の)描写も多く、それはヨーロピアン達が初めて触れたであろうブラジルの動植物から相当癒されたのだと思う(畏敬の念も恐怖も含めレヴィストロース的な)。


時に自然も、人間社会も自分一人ではどうにもならないものを感じる時があって、それを無駄に抵抗したりしても余計に酷い事になりかねない、というところで、
その状況を楽しむ方がいいだろ?
という感じなのかなと、これから台風が上陸する島から思う。

https://www.youtube.com/watch?v=kflMJRsrlaA