NO.243 『ASTRAL DUB WORX』インタビュー2

Mar 28, 2020

前編には新作『ASTRAL DUB WORX』
のトピックを集約させたが、もちろんそれ以外にも現在・過去の活動や旅の中で出会った多くの物事についてが話題となった。J.A.K.A.M.の音楽遍歴やONENESS
MEETING、さらにはイスラム・カルチャーについても話を訊いた後編をどうぞ!

2020年2月12日吉祥寺某所にて。

――実は今日のために実は久しぶりにEVIL POWERS
ME(*)から聴きなおして。当時のアンフェタミン(**)が流行っていたころの、TODAY IS THE
DAYが大好きだった感じを想い出すところから 準備してきた(笑)。

Today Is The Day “Six Dementia Satyr”
https://www.youtube.com/watch?v=hr-Ke95p6M0

「アンフェタミンが流行っていたのは一部でしょ(笑)」

(*)EVIL POWERS ME:MOOCHY(G/Vo)、KENSUKE(Ba、NINE DAYS
WONDER/CATUNEのレーベルオーナー)、KOZI(Dr/NXS、NINE DAYS
WONDERなどに参加)らによるバンド。
当時19歳の彼らの自腹でスタジオ録音し、自主的にテープでアルバムを制作/販売。それがスケートボードの世界では著名なイラストレーターであり、Septic DeathのVoでもあるPusheadが主宰するカリフォルニアのレーベルBacteria Sourコンピレーション盤『taste』にも収録される。その後7インチシングルをインディーレーベルから2枚発表。
Evil Powers Me – Big Pain
https://www.youtube.com/watch?v=iBfNtW_7-gc

(**)AMPHETAMINE REPTILE:Halo of
Fliesのメンバー、トム・ヘイゼルマイヤーが主宰するアメリカのレーベル。HELMET、JESUS
LIZARD、UNSANE、COWS、TODAY IS THE DAY、MELVINSといったジャンク、スラッジ色の強いバンドをリリース。

――そう、一部なんだけどああいう音楽をやるバンドは日本に少なかったし、出来ていたのはEVIL POWERS MEくらいだった。

「EVIL POWERS MEは実質2年もやってないんじゃないかな。パスヘッドから手紙をもらっても、返事もしなかったし。パスモート・ビューでのリリースのあとにアルバムとかアメリカのツアーとか考えてるって、連絡くれてるのにほったらかしてた」

――もったいない!けどほんとそういう感じだった、にくたらしい(笑)。EVIL POWERS
MEの刺青って、まだ残ってる?刺青を入れる前に解散したんだっけ?入れた当日に会って、高円寺20000Vの階段かなんかで、まだラップ巻いてるところをみせてもらった。

「うん、もちろん残ってる。(ドラムの)コージが先に入れて、あいつが辞めるっていうから、俺も入れるって。俺が考えた名前だし、区切りっていうかシメで。コージだけにさせとくのもアレだしね。今回のアルバムに参加してくれた元ブラックパンサー党員のZEKEさんにも〝俺、EVIL POWERS MEって刺青入ってる″って話したら笑ってた。」

――名前ひとつとっても、確かにやり続けるバンド、ではなかったかも。

「邪悪なものが我に力を与える、ってね(笑)。ほぼメディアにも載らなかったし、一部の人にしか知られてないバンドだったよね。怒りがテーマだったわけではないけれども、実際同じ曲をやり続けるようになったら、怒りも失せていくよね」

――確かに(笑)。何年もあの調子でやり続けて、ずっと怒ってたら、結構バカだね。

「無理だと思う。死んだ後も自分の作った曲がかけられる事は望んでいるけれども、根本的に、自分自体が同じ曲を演奏し続けるのは無理かもしれない」

――自分の軸になるものは変わらないとは思うけど?

「肉体は退化するけれども、精神くらいは進化したいよ。音楽は枠じゃないから縛られたら意味がなくなっちゃうし、それは芸だよね。20歳の時にMANGROOVEというレーベルからリリースした7インチにも<SWIPE
DUB>って曲を入れていて、ほんとにその時からDUBは破壊と創造だと思っていたんだなって最近改めて気が付いた(笑)」

――ずっとつながっているテーマだったんだ。

「EVIL POWERS MEはアレハンドロ・ホドロフスキーの映画をサンプリングした曲もあったり、マニアックな世界観だったけど、あの当時それを共感できる人は少なかったけど。今はもっと病んでる人が多いから(笑)。ホドロフスキー含め、そういうマニアックな世界観を理解できる人は増えてるんだろうな」

アレハンドロ・ホドロフスキー
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AD%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%89%E3%83%AD%E3%83%95%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC

Santa Sangre (1989)
https://www.youtube.com/watch?v=tTc8xWsc0VY

――情報にアクセスできるようになったことも大きいと思うけど。

「その当時バイトしていた渋谷のカラオケレストランの店長からホドロフスキーのヴィデオを貸してもらって、その主任からシンセをもらって、そのチーフからタンテを買って、いいバイト先だったな(笑)。EVIL
POWERS MEは今でも最高のメンバーだと思っているけれども、バンドを続けるには譲らなきゃいけないものがあって、メンバーと歩みを合わせなくてはいけなかった。でもDJやトラック・メイクにはそういう妥協が必要無く、基本的なところは変わらずに、そっちに向かった感じ」

――そもそもどんなきっかけで音楽を始めたの?

「俺は幼稚園の時にもう自殺しようとしたくらい世の中にすでに幻滅していて、生きる意味みたいなのを失ってた。それでもだんだんと精神的に這い上がることができて、訳あって行った私立の中学でDJ
TASAKAやらと出会って、東京の中でも自分の地元とはまた違うカルチャー、情報が入っきて、中1でヒップホップ、特にPublic Enemyとかも好きになった。とにかくいろんな音楽を聴きまくった。その後、15歳の時、やらかし過ぎて苦境に立たされて、学校をやめさせられそうになって、上等だ!ってなって、レコード屋にバイトの面接行ったら、学生に戻れと諭され、でも嫌だから土方やって穴の中にいて。でも何のために生きてるのか本気で分からなくなって、結局みんなに頭下げて学生に戻ったわけなんだけど音大や芸大に行くっていう考えはなくて、LIP CREAMやプリンスみたいな、アルバムの中でストーリーがあって自分の妄想から世界をみることができる音楽が好きだったし、内面の表現として音楽を聴いて、作曲するようになった。人生の価値は音楽しかないと思ったまさにガイダンスになった時期だった。その中でもナパーム・デスの『ピール・セッションズ』が音楽を真剣にやるきっかけになった1枚なんだけど、怒りを通り越した世界、野生?なんていうんだろう。。手錠をかけられたり、檻に入れられたりするのとは正反対の世界だった。音楽や文化を通して、最初はインディアン・ジュエリー、ゴローズみたいなところから入ったけど、いつの間にかネイティヴ・アメリカンやKKKも含めたアメリカの歴史を知るようになって、世の中はくそったれすぎる、探りたいって興味がどんどん広がっていった。」

Public Enemy – She Watch Channel Zero
https://www.youtube.com/watch?v=gtkQGG8vlPA

LIP CREAM「-SIN- 罪」(LIP CREAM)
https://www.youtube.com/watch?v=-Ha2_Mr-7oA

Prince Love Sexy
https://www.youtube.com/watch?v=SaFv9lBy-Mo

Napalm Death – The Peel Sessions [Full Album]
https://www.youtube.com/watch?v=qHobTH5rQ3o

ネイティヴ・アメリカン
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%82%A4%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%96%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E3%83%B3

KKK
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%B3





――音楽で別の世界を視ることができたんだね。

「民族音楽への興味も同じようにひろがって、縄文に気が付いたのも、歴史を探求しないと今の現状を肯定も否定もできないから。すでに当時から、シャーマニックなものだとか、もっと自分の奥にあるものを探りだそうともしていた」



――たぶん同じくらいの頃、私は自分のエスニシティについて考えたことがあって、その時、日本人として民族音楽を継承してないことに気がついたの。むしろいわゆるジャパコアが私にとっての民族音楽じゃないのかなって聴きだしたり。

「俺も15歳の時にハマったジャパコアは、その当時ひとつの誇りではあったんだよね。でも民族音楽を通ってから聴くとこれは半島の音楽じゃないかとも思う。昔、サムルノリ(*)と一緒にセッションした時に、あの金属音、銅鑼がジャンジャンいう感じはジャパコアだなって。沖縄とかアイヌにはあの要素はなくて、大陸的な要素だと思うんだよね。いわゆる在日じゃなくても日本人で半島の血が混ざっている人はたくさんいるし、自分の生い立ちも含めて実際のところはよくわからない。10世代前までわかる人はほぼいないでしょ。自分のルーツの曖昧さといろんな人とのかかわりっていう意味ではフラットになって最終的には〝人間″っていう事にはなるけど」

(*)サムルノリ:朝鮮の伝統楽器を用いた韓国の現代音楽。伝統的な農楽をもとに、1970年代末に舞台芸術としてアレンジされたパーカッション・アンサンブル。

――半島の影響ってすごくMOOCHY君らしい面白い意見だね。音楽をアウトプットにして虐げられた日常を癒す表現が素晴らしいって前編でも話してもらったけど、音楽でヒールするって具体的にはどんなことなんだろう?

「いかに自分の感情の深い部分に触れていくかっていうことじゃないかな。日常がくそ過ぎたら癒される音楽を望むでしょ。クルドでもアフリカやジャマイカでも、ヨーロッパやアメリカと比べたら現状が厳しいから感情が揺れて体が動くことで癒される。ダンスすること、身体を動かすことはより重要で、第三世界では自分で踊ってヒールしていかないと暮らしていけない。日本も90年代からどんどんそうなってきてると思うよ」

――ONENESS MEETINGは音楽の救いや癒し、音楽に向かっていく姿勢をシェアしたいから続けているの?

「2005~6年に体験して一番現実的にショッキングだったのがジャマイカのラスタの集会だった。キングストンからちょっと離れたところまでボブ・マーレイのバックバンドにいたスリッキーっておじいさんの家まで連れて行ってもらったら、流れでナイヤビンギという集会に連れて行かれて、100人もいないような感じだった。俺は訳あって1stチャプターにしか参加できなかったんだけど、最終的には5th、6thくらいまでブルーマウンテンに登るところまできっとあったと思う。1人ずつチャントで〝アメリカ人全員死んじまえ″とか〝ヨーロッパ全部燃えろ″とかひどいこというんだけど(笑)、音楽は本当に超美しいんだよ。なんなんだ、このギャップ!って」

――ツーリストが簡単に行ける場所ではなさそうだね。

「俺はアメリカの属国みたいなところから来ているし、立場的にいていいのかなって感じながらだったけど、いろんな人がよくしてくれて。特に不良の子が。そいつは不良のリーダーだけどラスタとして生きていくって決めて、聖書を何章まで読んだとか説明してくれた。思想がなかったら最終的にはやくざになるしかないのは俺の周りでも同じだから、金と暴力で生きるしかないってことはよくわかる。俺は音楽を通して希望をもてたし、バビロン・システムのなかでどうやって生きるかっていうのを学べた。祭や儀式、そして集会の原初がナイヤビンギにはあるって思ったんだよね。やっぱり奥に救いを求める、それはアミニズムであったりJAHであったり、アッラーであったり永遠性があるものがないと世の中はあまりにも無慈悲で無常だから。ラスタの集会は俺が求めていた社会性と精神性がすごくマッチして、これが基軸だと思えた」

――ONENESS MEETINGのお手本になっている?

http://onenesscamp.org/

「ONENESSはとても厚いオブラートに包んで、もっとポップで軽やかにやっているけれどもアンチ・バビロン・システムとしての集会の側面は実は大きい。オブラートの奥にあるスピリチュアリティは社会に対して中指を立てるようなアティチュード。お客さんもそれを感じとってくれる人がすごく多い。RHYTHM
FREAKS もそれは同じ。当時よくサバトだとか言われていたけど。俺もやっぱ永井豪の『デビルマン』じゃないけどなにかを降ろしていくってことは意図していたし、何かを破壊することであらたな何かを作ることも意識してた」

RHYTHM FREAKS :
MOOCHYがオーガナイズしていた伝説のアウト・オブ・ジャングル・パーティー

――ONENESS MEETINGでは縄文も大きなイシューだけど、どうして縄文に興味持ったの?

「ルーツ的なことじゃん。日本のオリジナリティでもあるし、逆にこの土地、日本に生まれてなんで興味もたないの?って思う。とにかく縄文くらいまでさかのぼって歴史を探求しないと今の現状を肯定できない」

――それはたしかに……。でも、たどり着く人はレアじゃないかな?

「歴史や社会が子供のころから好きで普通に興味はあったな。ちなみにOnenessが縄文を取り上げたきっかけとしては文科省が2003年から2010年の時期に小学校の教科書から縄文を外したのを考古学者の大竹さんという女性から聴いて、じゃあ縄文を流行らそうってやったんだ。その後実際ちょっと流行ったでしょ?そしたら今度は日本会議がまた縄文取り上げやがった笑。都合のいいように情報を歴史をコントロールするのはむかつくけど、これでもう縄文が教科書から消されることはない。政治とか警察に文化で反抗しておかないと、逆に檻に入れられちゃう(笑)」

――MOOCHY君が見出した世界を拡張していくって意味では音楽活動と同じ意味なんだね。ちょっと縄文について知らなさすぎる自分が恥ずかしいかも。セネガルで異端としてのイスラム・カルチャーと出会ってからの話を訊かせてもらえる?

「アラブ音楽やアフリカン・ミュージックを入り口にして、そこから見えた思想に共鳴した結果、イスラムとはなんぞやと勉強せざるを得なくなった。その後セネガルのバイファルに影響を受けて、いわゆる完全なムスリムでなくてもフラットにアジア人としてどう生活に取り入れて、血や肉としていくかってことを考える様になった。イスラムの教えを知っていくと自分が小さい時から抱いてきた社会のシステムのいろんなことの解決のヒントをみつけられた。具体的には、金利と土地で儲けることをよしとしない。これは社会システムの中の大きな問題で、それを1500年前に言っているのがムハンマド。ムスリムが叩かれている理由は、核心をついているからだと確信している。今の支配層にとって都合が悪い存在なんだよ。でも俺はグルを必要としないタイプだから割とインディヴィジュアルなスタンスで常に接している。」

――なるほど。宗教として帰依しているわけではないのね。

「ムハンマドという人を尊敬しているけれども、俺はムスリムではない。グループに属すのが嫌で、対立に巻き込まれたくないというのは昔から。音楽的にもどこにも属したくないっていうのもずっとある。自分のスタンスに関しては、イスラムの事だけじゃなくて、自分の生い立ちにも関係ある。親が私生児だったり祖父が愛人の子だったりするから墓も田舎もないんだけど、それを盛岡のアイヌのおばさんに伝えたら、〝あんたみたいのは宇宙の旅人っていうのよ、″って言われたり。それを言われて、何処にいてもいいんだな、と思えた。他には、いろんな国でレコーディングするなかでアフリカ系の人やら第三世界の人には日本人は金持ちだって色眼鏡で見られることも多々ある。彼らには奴隷制度や植民地制度の重い問題があることはわかる。でも実際俺らのじいさん、ばあさんたちも酷い空爆の中生き残ったのも事実。だから逆に説教してやるんだ笑。俺らも大変な状況から這い上がってきてんだぞ、って。そういう様々な経験から自分の生い立ちや環境に対する認識が整理されることで怒りや悲しみを越えて、いいものを作れることにフォーカスできるようになった」

ムハンマド・イブン=アブドゥッラーフ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%83%9E%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%B3%EF%BC%9D%E3%82%A2%E3%83%96%E3%83%89%E3%82%A5%E3%83%83%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%95

――スピリチュアルであることや、ポリティカルであること、単純に音楽的にエスニックの要素を避けようとする、シャットダウンしてしまうリスナーもいるけどそういうことを壊したい気持ちはある?

「意識してない。俺が悩んでいるポイントと違うんだろうなって思う。逆にもっと興味深いことがあるのなら教えてほしい。俺は俺で悩み考えて見出した部分があるわけだし、違う素晴らしいものを見出しているのであれば、それを知りたいと思う。あとはとりあえず聴いてかっこいいか、かっこ悪いかはその人次第で俺と美的感覚が違うだけの話。シャットダウンしちゃうのってビビってるだけで、自分が飲まれそうになるから怖いんでしょ。理解が浅いか深いか、それだけだと思う。人生の経験値ってのもあると思うし。どれくらい孤独を感じたか、どれくらい死の淵に立ったか、ドラッグをどれくらいやって精神の淵に立ったかとか(笑)……そういうことだって音楽を聴くときに影響ある。俺はいろんな国に行っていろんなものを見て体験してきたから、メンタルをオープンでいる処世術を学んだのかもしれない。だから特に若いやつらは恐れずにぶっこんで未知なる領域にいって、いろんな体験をして、自分の地元に持ち帰ってそのヴァィブスをサウンドシステムで鳴らしてほしいなって思う」

――インドへの旅行が目の前に控えてるけど、どんな旅になりそう?

「音楽の仕事、今やってることは日本よりもヨーロッパでのほうがニーズを感じていて。海外に行くことでアジア人であることを認識したし、完成まではいかないけど方向性とか、自分ならではの音楽性が出来てきたからこそ、アジア人としてインドの精神性を獲得しておきたい。それが今回の理由かな。世界情勢的に今後イージーには行けなくなると思うし、昔の中国の音とかも好きだけど、中国は社会主義になってからさんざんな感じになっちゃったよね。でもインドはまだ残っている」

インド
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89

――インドは西洋的なもの、グローバルなものを拒否してる感はあるね。

「映画もそうだけど、勝手な感じだよね、インド(笑)。スピリチュアリティだとか思想的なものとかを内包していながら進化している。彼らがアジア人だと感じているかはわからないけど、中国にしてもベトナムにしてもインドの影響を受けている国は多くて、宗教、文化的には断トツにアジアに対しての影響は大きい。自覚してないだろうけど(笑)」

――EVIL POWERS MEのファンだから訊くけど、ギタリストとしての音楽は今後も聴けないのかな?

「今も12弦とかたまに弾いてるよ。民族音楽的要素が意識のなかに入ってるからギターの概念じゃないかもだけど。和音は和音で好きなんだけど、和音のハーモニーはきれいの概念がもう、ちょっと違う。ガムランみたいな音階感がいいかな。自分にとって深みのある色合いとか音色とかってあるじゃん。EVIL POWERS MEのころから勝手なチューニングはしていて、ギターにとっての自分が落ち着く低音でやっていたらC#になった。地球の地軸の振動がC#なんだって、ほんとかどうか知らないけど。AUDIO
ACTIVEにいた神田君がNXSを辞めて、ダンス・ミュージック的にベースの音は必要だから俺がベースを弾こうとした時、中古でフレットレスの5弦をいきなり手に入れて。エフェクター、ワウとプリアンプでまぜて。ワウをタッピングで引くのがNXSでは重要で、ガムランのゴング的な音を和音にする。それは面白かった」

ガムラン
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%A0%E3%83%A9%E3%83%B3

――かなり手を加えて、楽器と付き合ってるってこと?

「というよりドン・チェリーとかローランド・カークみたいなくずを黄金を変える錬金術的な発想が重要だと思ってる。そこにソウルとかスピリットを宿すっていうことでもあるし、どんなにくずな楽器でもすばらしい演奏はできる。現代のよい機材、よい楽器っていうのもいいんだけどやっぱ冷たいんだよね。キューバにエウディスっていう『MOMENTOS』で参加してもらった黒人のミュージシャンがいて。キューバも貧乏だから、グランドピアノとか全てがぼろくて、それでも素晴らしい演奏をしてくれた。その体験から、楽器自体のクオリティーはさして重要ではないって痛感させられた。その当時、やつも俺もあんまり英語ができなかったんだけどレコーディングが終わって酒飲んでるときに〝お前の音楽は美しいな″って言ってくれたんだよね。俺のラフのトラックしか聴いてないし、まだ全然なんの表現もできてなかったけどそれまでは俺のイメージってハードだったりドープだったりだったのに」

Don Cherry 1977 (Brown Rice) Vinyl Rip (Full Album)
https://www.youtube.com/watch?v=HOmSZJ4Qcf0

“Sound??” (1967) Rahsaan Roland Kirk & John Cage
https://www.youtube.com/watch?v=HOmSZJ4Qcf0

――ビューティフルといわれることはたしかに少なそう。

「なかったんだよね。はじめて言われた。なんか全然違う環境の奴に抽象的な美が伝わって、共鳴できて、一緒に音楽を作ることができた。これはすごくいい経験だったし、自信になった」

――お互いを知らない状況でやってそんなにすぐに響きあえるもの?

「知らない人であっても、こちらからいいものができるかもってそのアーティストに声をかけているから、打率としてははずしたことはほぼないし、予想と違うものだったとしても、……下手でもなんとかして使おうとはするね。グラデーションはあるよ、もちろん。最高な人もいればまあまあってこともある。一期一会と諸行無常が俺の中で二大テーマだから、数秒だとしてもなんとかしてその人の音は使いたいと編集で頑張る」

――一期一会にするのは、その人ではなくてMOOCHY君なんだね。

「そうね。無意味にはしたくない。『COUNTERPOINT』の曲はいまだにDJでかけるけど、クルド人の演奏はほんといいなっていつもDJでかけながら思うから、ずっとその人達と触れ合ってる気がする。ちなみに俺、前世で宮廷音楽家だったことがあるって、とあるタロット占い師から言われたことがあって。その前世の当時、経済的に生活は不自由なかったけど、好きな音楽を作れていなくて、自分の音楽を作りたいという欲求を満たされなかったと。前世とかヒンドゥー的なカルマとかは信じてないけど、好きでもない音楽を大量生産させられたり同じ曲をずっとやらされたりするのは嫌だって心底思ってしまう自分の心理に納得がいって(笑)」

――そうは言っても音楽で生活はまわしてるでしょ?

「とは言っても、金を稼ぐために音楽をやってるわけではないから、いつでもまた15歳のときみたいに土方に戻ることはいとわない。どうでもいい音楽を作るのは、音楽に対して失礼だから土方のほうがいい。昔、ソニーやエイベックスから話はもらったけど、なんかね、やっぱ嫌なんだよ。レコード会社、CISCOと契約して何枚か出したけど『MEMORIES』ってアルバムを出して1か月くらいでその会社が倒産して。全部回収したかったけど、法律上廃棄、焼却処分になって。インディペンデントじゃないと精魂込めて作ったものが誰かの都合でこういうことになるんだなって。それ以来どこかと契約することは望んでない」

――海外のレーベルとの契約はしてるよね?

「イスラエルのレーベルと契約したのは2015年、<SHADOW DANCE>がきっかけ。アイディアが浮かんで映像も作ったらヨーロッパで今でいうバズった感じになったんだけど、スイス、イギリス、イスラエルからオファーがきて。でもそれってその三カ国って地球最強極悪参加国じゃね?って笑。日本の原発にマグナってイスラエル製の隠しカメラがついてるから六ヶ所村の件も含めて陰謀じゃないかってちょっと警戒して(笑)。SKYPEでMalkaTutiのKatzeleってレーベルオーナーと話したんだけどまず〝お前の宗教なんだ″って質問から始まって笑。そしたら〝ジュダイズムだ″と。で、〝ジュダイズムで自分は育っているけれどもマスタープランは信じない″って。スティービー・ワンダーやジャズを聴くなかで〝マスタープラン″って言葉は知っていたけど、会話で初めて出てきた。主の、すべてのプランがあるっていう考え方に基づいて旧約聖書は書かれているってことだけど、それを彼は信じないって言うんだよ。なかなか興味深い話だなと。で、彼は以前ニューヨークにもいたけど、その時はベルリンに移っていて。理由を聞いたら、〝ニューヨークにいるとサクセスを求められる″って。ユダヤ人だからっていうのもでかいとは思うんだけど、〝自分が求めるのはサクセスじゃない、もっとクリエイティヴに生きたいからベルリンに移った″って。なかなかいい意見だなって彼との会話は共感が出来た。だからリリースすることにした。スイスとイギリスの奴とも話したけど、共感はできなかった。ちなみに個人的にはパレスチナの空爆反対運動とかもやっていたから、明らかにパレスチナ派だし葛藤もあったけど、〝なんで俺の音源をを出したいんだ″って聞いたら、シャーマニックな世界観が素晴らしいと思ったと」

Malka Tuti
https://malkatuti.bandcamp.com/

――対話することで共感できる部分を見つけられたんだね。

「中学生から広瀬隆を読んでいたから、ユダヤ人やイスラエルのことを調べてはいたけど、まさか音楽を通して一緒に制作をするとは。ともかく結果的に2年前にイスラエルへDJとして呼ばれて、エルサレムやテルアビブ中を見て回ったりもしたし、いろいろよくしてもらった。今回のアルバムの<REBIRTH DUB>ってもともとはそのユダヤ人のレーベルからリリースした<REBIRTH>っていう曲。エジプトとイスラエルは犬猿の仲だからウームクルスーム(エジプトの歌手)やパキスタンのアーティストも参加したかなりイスラム度の高い音源なのにユダヤ人のお前はなんでそれがOKなんだ?ってことも訊いた。そうしたら、ウームクルスームはアンオフィシャルにイスラエルでもコンサートやっていたし、イスラエルの人たちは彼女が偉大なアーティストだってことをagree(同意)しているって。その意見も面白いなって思って。その後、イスラエルの何千人も参加するでかい屋内レイヴで、ウームクルスームの歌が入った日本人の俺が作った<REBIRTH>でイスラエル人がガッツリ踊っている動画があるんだけど、もし最初から国や人種で否定してたらその映像を観ることはできなかった」

広瀬隆
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%83%E7%80%AC%E9%9A%86

Purim 2016, Asaf Samuel, Jakam Rebirth
https://www.facebook.com/watch/?v=1549815391977641

――門前払いしなかった結果イスラエルやユダヤ人へのステレオタイプではない見方を得られたんだ。

「こういう風に音楽が俺の政治思想を塗り替えるようなことも多々あったから、音楽はまさに触媒。俺の仲間に鎌倉でパン屋やってるやつがいて。そのパン屋のジュンペイは発酵と腐敗しかないって思想を持っていて、そこに共感する。何かを聴いたりして触れるとき、最初菌が培養されて発酵または腐敗していくってことでしょ。腐ることで土もできるし、いいか悪いかは俺らが勝手に決めてるだけ。意識も同じことで俺の音楽を聴いてなにか触れて変化していったらいいなって。敵対心って恐怖しかうまない、それは腐敗的でいやだけど、いいなって感じることは発酵的な感じ方。でもどっちだってかまわない。音楽的に聴いてもらってインスパイアがあったらすごくいいと思って」

――‟いろんな人と出会うことで俺の音楽が周りや次世代の媒介になれたらいい“ってさっき話してくれたことと一緒だね。ところで、人と関わることは好き?

「どうだろうね。あんまり好きじゃないかも(笑)。家にいたいし、邪魔されたくない(笑)。音楽聴いたり本読んだり映画見たりってひとりじゃないとできない、重要な豊かな時間だからね。でも、バンドでもなんでも全員で真空状態みたいになる瞬間あるじゃん。みんながすべて音の中に入ってる瞬間、幽体離脱みたいな体験。自分もコントロール不可能みたいな感覚になることがあって、自分が自分の目撃者になるようなとき。そういうのは好き。真空とか無重力に似た、超現実みたいなもの。音楽はそれが起こるからおもしろい。」

(取材・文/服部 真由子)